INTERVIEW

INTERVIEW

  • 廣川さんは、服飾デザインを軸にさまざまなデザインを手がけられていますが、今回のように場所のイメージから作品を構想していくサイトスペシフィックな作品制作には初めて挑戦されるそうですね。

    廣川:はい。普段の仕事で意識しているのは、プロジェクトの本質を見抜いてそれに最適なものをアウトプットするということです。そういう意味では、今回もあまり変わらないのかもしれません。
    『in BEPPU』への参加がきっかけとなり、別府でいろんな人に出会って、いろんな思いを聞かせていただきました。今回の作品制作を通じて、それらを形として表現したり、みなさんの夢や願いを叶えたりできたらいいなと思っています。

  • 別府の印象についてお聞かせください。

    廣川:『in BEPPU』にお誘いいただいてから初めて別府を訪れたとき、地獄めぐりの見学やまちなかの散策をしました。天然と思えないさまざまな色の温泉が湧き出ていたり、あちこちから噴気が上がっている光景を見たりして、別府は類まれな風土を持った土地だと感じました。

  • その独特の風景やそこから得た印象をどのように作品プランに活かしたのでしょうか?

    廣川:作品の構想を練るにあたって、まずは別府の個性や成り立ちを知るためにリサーチしました。別府の最大の個性は、やはり温泉です。伽藍岳を訪れたときに、この山が別府の豊富な温泉の源なのだと聞きました。温泉や地嶽は、地熱によって熱せられた地下水が噴出しているんですね。山から海へと流れ込んだ地下水は、雨となって山に還り、長い年月をかけて熱せられ、また温泉になる。その循環を想像したとき、別府が大きな身体のように思えてきたんです。
    別府は温泉が湧き出るところに人々が集まり、町となって発展してきたわけですよね。ときに噴出する熱湯による災害も起こり、人々は温泉を「地嶽」と呼んだそうですが、近代にはその地嶽さえも観光資源として活用するようになった。
    明治から昭和にかけて流通していた別府の絵はがきや土産物を見ると、温泉がもたらす豊かさとともに人々が暮らしていたことが伝わってきます。そうやって歴史を紡いできた、たくましく寛容な人々こそ、別府のもう1つの個性だと感じました。
    『in BEPPU』での作品を通して、そういった別府の個性を引き出していきたいと思っています。

  • 今回は「祭」というテーマを掲げています。このテーマに至った経緯を教えてください。

    廣川:全国的に祭やイベントを中止せざるを得ないいま、「祭」をテーマにすることに疑問を感じる人もいるかもしれません。でも、むしろこのタイミングだからこそ、自分がやるべき芸術的表現は「祭」しかないと思い至ったんです。
    祭の起源を辿れば、人々が疫病の流行や自然災害といった苦しい状態にあるときに、土地の神様にお祈りをして場を清めたり厄を祓ったりすることがその本質にあります。
    加えて、歴史的に芸術やデザインの力というのは、そういった祭祀の場で最大限に発揮されてきました。いまこそ、自然豊かな別府で土地の神々に感謝と祈りを捧げることが、最高の表現を生むのではないかと考えたのです。
    今回は、山・町・海の3会場で「祭」を展開します。なかでも町での「祭」には広く市民参加を呼びかけることを計画しています。これもコロナ禍だからこそ出てきたアイデアです。リサーチに訪れるたびに別府の方々の寛容さや温かさに触れて、きっとこの人たちとなら一緒に「祭」をつくりあげられるのではないかという希望が芽生えました。やはり地域の人に楽しんでもらいたいですし、参加者みんなで心を1つにすることは「祭」の重要な要素でもあります。

  • 廣川さんが「祭」について語るとき、「まれびと」という言葉もたびたび登場します。それはどのような存在なのでしょう?

    廣川:まれびとというのは、異界から訪れる来訪神です。まれびとが現れるとき、人間に本来備わっている原始的な心の扉が開かれ、周囲にある自然の恵みに意識が向くとされています。祭が自然に感謝する媒体で、まれびとはその起動装置ともいえます。
    別府にまれびとが現れることで、温泉という自然の恵みがある日常をあたりまえのものとして過ごしている地域の人々に、その豊かさを改めて発見してもらい、土地や自分たちが持つ力を湧き起こしてもらえたらと思います。

  • 世界中が新型コロナウイルス感染症という困難に見舞われています。そんな時代に直面する一人の表現者として、どんな思いを持って未来に向かっていきたいか、お聞かせください。

    廣川:自分自身にできることは限られています。でも、それを悲観的に捉えるのではなく、時代に流されるのでもなく、規模が小さくなったとしても自分らしいことを世に残していきたいです。苦しい状況のなかでも、夜が明けるときは必ず来ると信じて、1歩ずつ前を向いて進んでいくしかないと思っています。『廣川玉枝 in BEPPU』もその1つとして、別府の方々とともに最高の表現を実現したいと思っています。
    どの祭も、誰がいつ始めたのか起源ははっきりしていませんが、繰り返しおこなわれてきたことによって伝統になり、いまに繋がっています。今回生み出す「祭」も、50年後、100年後に市民の手によって続けていってもらえたらいいなと夢見ています。

インタビュー:2021.8.13
聞き手:山出淳也 (総合プロデューサー)

*地嶽の表記について
高温多量の湯が湧出する別府市の鉄輪 (かんなわ) エリアでは、古くから温泉を「地獄 (じごく)」と呼んでいます。なかでも『海地獄』や『血の池地獄』など、独特の色彩・形態の温泉を周遊する『地獄めぐり』は別府市を代表する景勝地遊覧です。地球や自然のエネルギーを象徴する存在として温泉を紹介したいという作家の意図から、本展では「地獄」を一部「地嶽」として表記しています。